2020/07/01

植木等番組・NHK『歴史秘話ヒストリア「スーダラ節が生まれた」』放送

NHK総合「歴史秘話ヒストリア『スーダラ節が生まれた』」より。(写真提供:NHK)


【植木等番組】NHK『歴史ヒストリア「スーダラ節が生まれた」』放送のお知らせ

【本放送】 7月1日(水)NHK総合 22:30~23:15

【再放送】 7月7日(火)NHK総合 15:08~15:53

【NHKプラス】放送後7日間WEB、スマホで視聴可能

本来はオリンピック直前で組まれていた枠ですが、各番組コロナ禍の影響が多大に出ている中、無事に放送が決定しましたので告知させていただきます。 この時代だから植木等の番組を作りたいと、20代のディレクターが企画書を持って来訪された時には、若い世代にも影響を与える植木さんはこうして次の世代にも繋がっていくのかな、凄いことだなと思いました。 キャラクターを決定づけた代表曲「スーダラ節」誕生には様々なエピソードが隠れていて、芸能界の雄・ナベプロ社長渡辺晋、後に直木賞作家・都知事となる青島幸男、そしてこれまで民放番組上なかなか大きく取り上げられなかった裏で、じつは植木等が最も強い影響を受けた父植木徹誠を交えたエピーソードに公共放送がスポットを当てて制作した意義が大きい番組です。 私は保管する資料と、植木さんからいただいた宝物と一緒に、なんと、私のオフィスにNHKのカメラが入りインタビュー出演しています。 ”わかっちゃいるけどやめられない” この人間の普遍的テーマにどう向き合って誕生したのか、コミックソングと認知されている裏に隠された物語をつむぎながら、植木等・スーダラ節の魅力に迫る番組です。 (敬称略失礼致します)

2017/10/05

東洋大学「植木等展」開催決定

10月11日より、東洋大学「植木等展」を開催させていただくこととなりました。






東洋大学「植木等展」はNHK土曜ドラマ「植木等とのぼせもん」と神保町シアター「ニッポンを元気にした男 植木等と渡辺プロダクションの映画」との連携事業です。



ドラマ、映画の植木等を観るものそれは楽しいですが、「植木等展」では(植木さんへ宛てて)”昭和最大のコメディアン”と評している小林信彦氏書簡や、なんと!クレイジーキャッツメンバーの楽器(植木ギター、ハナドラム、谷トロンボーン、安田サックス)を特設展示など、実物を直に観賞していただく醍醐味があります。
また、植木さんの展覧会のためなら喜んでと、メディアでは一切放送されていない、展覧会のために収録された、ここだけでしか見られない超豪華な皆様の特別インタビュー映像を展示します。
星野源君とのコラボでも話題になった「ライバルは1964年」、次の2020東京に向かってノスタルジックなキーワードである「昭和」のエンターテインメント=植木等を、世代を超えておたのしみいただければこんなに嬉しいことはありません。
今回、ドラマ放送が決定してからの会場探しだっため、どこも押さえられず断念しかけていたところ、卒業生の功績に応えたいと母校の東洋大学から会場提供と運営費支出といったご厚意を得て開催が実現しています。
これも植木さんの人徳に違いありませんが、感謝の気持ちでいっぱいです。
広さが限られた会場ではありますが皆様とお会いできることを楽しみにしております。


・名称:東洋大学「植木等展」
・会場:東洋大学白山キャンパス8号館特設会場
・メイン展示:昭和のスター植木等展
・特別展示1:東洋大学と植木等
・特別展示2:NHK土曜ドラマ「植木等とのぼせもん」写真展
・期間:10月11日~22日(15日休館)・主催者:東洋大学
・入場料:無料
・協力:渡辺プロダクション、渡辺音楽出版、比呂公一
・監修:藤元康史(展覧会プロデューサー)
・制作協力:NHKエンタープライズ
・特別インタビュー映像:大林宣彦、小松政夫、砂田実、大地真央、所ジョージ、成岡道次、松任谷正隆、三宅裕司、山田昌
・寄稿:岡原正幸、田村耕一、西村伸子、藤元康史
(敬称略・五十音順)

















2014/10/21

「本日ただいま誕生」台本 植木等さん遺品より見つかる

「本日ただいま誕生」台本画像



「本日ただ今誕生」が2014年10月25日東京国際映画祭にて特別上映される。
 ・http://www.nihon-eiga.com/osusume/tadaima/

昨日の中日新聞の一面に掲載されたとか。
 ・http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2014101802000254.html


この映画は資金難から紆余曲折して完成し、上映も短期間しか行われずフィルムも行方知れずとなっていたが、渡辺プロダクション倉庫からこのタイミングで見つけ出されるべくして見つけられた後、これまた通るべく道を通って35年ぶりに大衆の眼前に映されることとなる。

この映画は撮影ロケでホテル代を踏み倒した(降旗監督談)くらい訳ありだったことから一般の方々に向けて情報提供を呼びかけるほど資料が無かったとのことで、私自身思い返しても、生前の植木さんからほんの一片しか話を聞いた記憶がない。

そこで、植木家から頂いた(私としてはお預かりしている)遺品、資料を探したところ、上映5日前の今日、植木さんの台本が見つかったのだ。
早速渡辺プロへ連絡して、特別上映の資料として貸し出し提供をさせていただくこととなった。


植木さんの反戦精神をご覧あれ。


2014/09/14

植木等・幻の主演作『本日ただいま誕生』東京国際映画祭にて特別上映決定!

共同通信PRワイヤーより引用
http://prw.kyodonews.jp/opn/release/201409123665/


植木等 幻の主演作が35年の時を経て、現代に甦る!
『本日ただいま誕生』
~第27回東京国際映画祭にて特別上映決定!~
 日本映画衛星放送株式会社(東京都千代田区/代表取締役社長 杉田成道)が運営する日本映画専門チャンネルは、10月23日から開催される第27回東京国際映画祭にて、植木等 幻の主演作とも言われる『本日ただいま誕生』の特別上映イベントを開催いたします。

 今回、特別上映する『本日ただいま誕生』は植木等自ら映画化を熱望。中村敦夫・川谷拓三ほかクレージーキャッツのメンバー全員が友情出演を果している作品。しかし、1979年の公開当時ごくわずかな劇場で短期間上映されて以降、35mmフィルム原版の行方が分からぬまま35年間に渡り幻の作品として誰の目にも触れずに眠っておりました。
ところが2012年、生前植木等が所属していた渡辺プロダクション所有の倉庫の片隅で偶然フィルムが発見されました。そこで渡辺プロダクション、東京現像所そして開局以来多くの未ソフト化、未DVD化の作品をハイビジョン化し放送することに取り組んできた日本映画専門チャンネルがタッグを組んで2年がかりで復元、HD化に取り組み、ついにハイビジョン作品として復活。このたび東京国際映画祭で特別上映する運びとなりました。

 上映にあわせ、本作で監督を務めた『鉄道員』、『あなたへ』等で知られる名匠・降旗康男をゲストにお招きし、撮影当時の秘蔵エピソードを伺うトークショーを開催(予定)。当時の植木等とのエピソード含め様々なお話を伺います。
“日本一の無責任男”として日本映画史にその名を刻む名優・植木等の知られざるもう一つの男の顔。35年の時を超えて明らかとなるその素顔を、是非劇場の大きなスクリーンでお確かめください!

■『本日ただいま誕生』 とは?
1979年公開。「スーダラ節」や映画“無責任シリーズ”で一世を風靡したクレージーキャッツ植木等主演。物語は第二次世界大戦後、シベリア抑留中に凍傷におかされ、両足を切断した大沢雄平(植木等)が敗戦後の日本でたくましく生き抜いていく波乱万丈の一代記。監督は名匠・降旗康男。植木等渾身の一作が現代に甦る。
監督:降旗康男 脚本:下飯坂菊馬
出演:植木等/宇津宮雅代/川谷拓三/北村和夫/ハナ肇/谷啓/犬塚弘/桜井センリ/安田伸/中村敦夫

■『本日ただいま誕生』 関連グッズ、関連情報 募集中!
1979年にごく短期間しか上映されなかった本作は、関係会社の手元に資料が一切残っておらず、現在唯一ポスターだけが見つかっております。もし公開当時のパンフレットやチラシ等関連グッズをお持ちの方、また公開当時劇場で本作をご覧になった方などいらっしゃいましたら『本日ただいま誕生』特設ホームページへ情報をお寄せください。ご協力頂いた方の中から抽選でチャンネルオリジナルグッズをプレゼントいたします。
『本日ただいま誕生』特設ホームページ:http://www.nihon-eiga.com/osusume/tadaima

■第27回東京国際映画祭 開催概要
イベントタイトル:第27回東京国際映画祭    
開催期間:10月23日(木)~10月31日(金) 
会場:六本木ヒルズ(港区)、TOHOシネマズ 日本橋(中央区)他          
オフィシャルHP:http://www.tiff-jp.net     
併設マーケット:TIFFCOM2014(Japan Content Showcase 2014) 10月21日(火)~10月23日(木) http://jcs2014.com/ja/   
チケット発売 :10月11日(土)よりticket boardにて発売開始!ご購入は、東京国際映画祭公式サイトへ。

■チャンネル名称:日本映画専門チャンネル
■視聴方法:スカパー!(BSch.255)/プレミアムサービス(ch.634)/プレミアムサービス光(ch.634)/J:COM/ひかりTV/auひかり/ケーブルTV
■視聴可能世帯数:約750万世帯(2014年7月末調べ)  
■日本映画専門チャンネル公式HP:http://www.nihon-eiga.com/

2012/01/14

保沢紀インタビュー② 渡せなかった上着

昭和34年「おとなの漫画」(フジテレビ・演出:椙山浩一)が始まった頃のクレージーキャッツやオヤジさんのことを聞いてみた。

保沢さんが高校を卒業した当時は就職難だったそうで、東京衣装の社長が学校の先輩だったツテで入社したとのこと。東京の右も左も分からないいわゆるお上りさん状態だったが、何せ番組スタートから8ヶ月休みなしで放送したわけだから、いやでも関係は深まり気心が知れてくるのは当たり前で、クレージーのメンバーには可愛がってもらったそうである。
「おい、今日な銀座の◯◯だからな、お前見に来いよ」とか「おい、飯喰いに行くけど一緒に来るか」
というようなことだったらしい。しかし8ヶ月休みなしの生番組とはいったいそういうことなんだ。大変だっただろうが、クレージーにしてみれば毎日テレビに出られるわけで、それまで一部のコアなファン層が一気に全国区へと広まったのだ。おそらく毎日が楽しくて仕方がなかったのではないだろうか。この辺は植木婦人に今度聞いてみようと思う。(私は今でも植木婦人の元へ1ヶ月に1回程のペースで通う)
これがいよいよスター街道を駆け上っていく始まりであり、「テレビの黄金時代」の始まりである。小林信彦詳しくはテレビの黄金時代 (文春文庫)参照

衣装さんの仕事とはその名の通り、劇に使用する衣装を用意し、扮装させることである。
おとなの漫画の場合、時事ネタを生でやるわけで、「朝刊の紙面からネタをひろって書くわけですから」と作家陣である青島幸男さん、砂田実さん両氏から同じ話しを聞いたことがある。
昼の番組だからゆっくり本を練ってもいられないわけで、出来上がるとスタッフが手書きで!できたての台本を写して配ったそうである。

でき上がった台本をもとに衣装を用意するわけだが、そんなんで間に合うんですか?と聞くと、「だいたい今日はこのネタだから登場人物がこうなるとか分かるわけだよな」と保沢さん。
そうして、役にあった衣装を毎日提供していたわけである。

ところで、保沢さんにオヤジさんの没後会うのは2度目だ。年末12月にも1度目のインタビューをしている。今回2度目だから、前のものを整理してさらに聞きたいことをまとめて望んだのだが、結構同じ話でループしがちになり(笑)、本線に戻しながら進めていったが、おさらいしながらしたと思えばよかったのかもしれない。

そして実は今回保沢さんに渡したかったものがあったのだ。
それはオヤジさんの自前の衣装なのだが、なぜ保沢さんに植木等の上着をもらってもらいたかったかというと、保沢さんは「おとなの漫画」以降もお正月の名物番組「新春かくし芸」CX(企画はなんとコリャまた椙山浩一さん!!)を担当し、オヤジさんに紋付袴の着付けをされていた。これは仕事なのだから特別な話ではない。じつは保沢さんは番組担当を離れてからも、毎年正月に植木等に紋付袴を着付けするためだけにフジテレビへ足を運んでくださっていたのだ。ボランティアということ。
毎年顔を出して今年も元気ですという挨拶ということだろう。しかし仕事でもないのに嫌な顔1つせずに毎年何十年と来ることができるだろうか。そこに入社以来の保沢さんの気持ちを私は見た。これが保沢さんにもらってもらいたかった理由である。

今回出かける前に保沢さんに電話でオヤジさんの上着を貰ってもらえませんか?と尋ねた。
保沢さんはサイズが無理だよという。背は同じくらいなのを知っていたから、問題は胴、胸回りということになる。
私は「いや、大丈夫でしょう、大丈夫と思います。とにかく持ってってみますから」と電話切った。

photo:ネーム[植木]

いくつか保管している衣装から保沢さんに似合いそうなのを選び持ち、着くなり着てもらったが保沢さんの体には合わなかった。合いませんでしたねえと言う私に、

「俺、プロだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「オヤジさんの体型も知ってるしさ」
「そうでした、プロ中のプロでした」
「気持ちだけもらっとくから」

そうして上着は持ち帰ったのだが、せっかくだから上着にも登場願おう。
見ていただきたいのは襟裏のネームだ。
通常は胸内ポケット付近に入るものだが、オヤジさんの上着の多くはこの襟裏にネームが入っている。遊び心なのか。

私にもいたずらっぽく話されていたのを思い出した。
「これネーム入ってないだろ?」
「ホントですね」
「ここに入ってんだよ(襟をクルッと裏返しながら)、洒落てんだろ」

ちなみに多くの自前衣装を注文したのは[テーラー岩田]である。
素人から見ても仕立ての良さが一目で分かるし、着ればわかるという感じ。オヤジさんの友人に「植木さんどこで服作ってるの?紹介してください」と言わしめたほどである。

大変お洒落れでございましたよ。


「およみでない?」


つづく

2012/01/08

保沢紀インタビュー① 「おとなの漫画」時代

保沢紀さんと筆者

業界伝説の人、「フジテレビ衣装部」保沢紀さんにフジテレビ開局スタートの「おとなの漫画」、クレージーキャッツ、植木等についてインタビューするために八重洲へ出向いた。

説明が必要な方のために、まず保沢さんの説明をしておこう。(一部wikipediaから引用)
名前は保沢紀で「ほざわ おさむ」と読む。私も名前が読めなくて教えていただいた。

1940年栃木県立栃木高校出身で卒業した昭和34年に上京し東京衣装に入社した。高校の同期にはヤマトホールディングス会長有富慶二、京都大学名誉教授入倉孝次郎、キッコーマン社長牛久崇司がいたとある。また高校卒業者には錚々たる顔が並び、公立ながら男子校、かつ伝統校であることから、相当鍛えられ、、また鍛えたものと推察され、鬼の保沢が形成されていったのだろう。

入社と同時に開局したてのフジテレビへ配属され、多くの番組を担当した経緯から「フジテレビ衣装部」などという通名で呼ばれたが、実際はフジテレビに衣装部など存在しなかった。

昭和34年といえばクレージーキャッツの初レギュラー番組「おとなの漫画」が始まった年である。
wikipedeiaによると開局翌日の3月2日!~1964年の12月31日までの約5年間、1835回放送されたと記録されている。
月~土曜日の帯番組で10分間(当初は5分間)の生放送である。しかも当初の5分枠の期間(昭和34年3月2日から11月まで)は日曜日も放送していたというから、8ヶ月間無休でフジテレビへ通ったことになる。
これが事実か保沢さんに聞いたところ、「休みなんかなかったよ」とのこと。事実なのだ。

この当時すでにクレージーキャッツには一部のコアなファンがいた。新宿ACB(アシベ)をはじめとしたジャズ喫茶でのパフォーマンスが受けていたのである。
小林信彦「植木等と藤山寛美」新潮社1992年によるとコーヒーが1杯5、60円の時代、ここではもっと高かったと記されているが、具体的に同著者「日本の喜劇人」新潮文庫1982年では80円(だったと思う)と記されている。

昭和34年の物価というのがあったので深比較してみよう。昭和34年の諸物価
米10Kg 870円・かけそば35円・はがき5円・新聞購読料1ヶ月390円・映画館入場料150円

その当時のコミックバンドとしてのギャグ演奏は日活「竜巻小僧」1960年で見ることができるのだが、残念なことにこの映画は市販されておらず通常では見られない。しかしNHKハイビジョン「スーダラ伝説~植木等・夢を食べ続けた男」(2006年初回放送:演出牛山真一)にインサートされ、私も初めてジャズ喫茶における演奏ギャグを見た。本当に面白いので再放送の機会に是非見ていただきたい。(私は録画をもっている)

今調べてみるとYoutubeに「竜巻小僧」あり、クレージーの演奏部分もあるが、肝心なギャグの部分までは入っていなかった。
竜巻小僧 YouTube


つづく

2012/01/04

ザ・接点 森繁久彌 贈られた詩書画

森繁久彌 詩書画
「百年の樹 百年の樹を伐りて一年の木を植う 誰ぞ知る松柏の心 清流残雪に謳う

世田谷区船橋に「森繁通り」と呼ばれる筋がある。御大森繁久彌さんの邸宅へと小田急千歳船橋駅から通じる道である。
森繁さんは自宅からキャデラックのリムジンで森繁通りを通って砧の東宝撮影所へ通勤された。私も通りから見させていただいた宅地は700坪もあったと御大の弟子である俳優赤城太郎さんから伺ったが、世田谷に個人宅で700坪とはただ驚くばかりである。

植木等と森繁御大の接点はといえば、やはり東宝ということになる。
駅前・社長シリーズを撮られていたわけだから、無責任シリーズの植木とは東宝でよく顔を合わせていたに違いないし、御大が植木の映画に出演されてもいる。

オヤジさんにこんなエピソードを生前聞いた。
「おれが番組コントで森繁さんをパロったハヤシゲ・クサヤを連発したら、森繁さん怒ったねえ・・。俺んちに電話かけてきてハヤシゲ・クサヤとはどういうことなんだ!ふざけるなってさ。カカカカカ・・・」

昔はライバルであるからそれは風当たりも強かったそうだ。
しかし舞台「みおつくし 浪速の花道」東宝1988年での共演(曾我廼家五郎、曾我廼家十郎で森繁は植木に感謝したという。

写真の詩書画は舞台のお礼にと御大から植木へと贈られたものである。

「百年の樹を伐りて一年の木を植う 誰ぞ知る松柏の心 清流残雪に謳う」 久彌
植木等様

その後も舞台「狐狸狐狸ばなし」、NHK「大往生」でも共演している。
私は「大往生」の時には植木に付いてので、この共演を生で見ているのだ。(とてつもない財産)
撮影時に御大は私に言われた「ちょっと、ボク」・・・・・・・・・・・。

詩書画は植木の没後に赤城太郎さんへ贈られた。
額を渡す時に植木邸の小さな灯籠も持っていかれたが、おそらく赤城さんの赤城山山荘に額ともども置かれているはずである。


「およみでない?」