2012/01/08

保沢紀インタビュー① 「おとなの漫画」時代

保沢紀さんと筆者

業界伝説の人、「フジテレビ衣装部」保沢紀さんにフジテレビ開局スタートの「おとなの漫画」、クレージーキャッツ、植木等についてインタビューするために八重洲へ出向いた。

説明が必要な方のために、まず保沢さんの説明をしておこう。(一部wikipediaから引用)
名前は保沢紀で「ほざわ おさむ」と読む。私も名前が読めなくて教えていただいた。

1940年栃木県立栃木高校出身で卒業した昭和34年に上京し東京衣装に入社した。高校の同期にはヤマトホールディングス会長有富慶二、京都大学名誉教授入倉孝次郎、キッコーマン社長牛久崇司がいたとある。また高校卒業者には錚々たる顔が並び、公立ながら男子校、かつ伝統校であることから、相当鍛えられ、、また鍛えたものと推察され、鬼の保沢が形成されていったのだろう。

入社と同時に開局したてのフジテレビへ配属され、多くの番組を担当した経緯から「フジテレビ衣装部」などという通名で呼ばれたが、実際はフジテレビに衣装部など存在しなかった。

昭和34年といえばクレージーキャッツの初レギュラー番組「おとなの漫画」が始まった年である。
wikipedeiaによると開局翌日の3月2日!~1964年の12月31日までの約5年間、1835回放送されたと記録されている。
月~土曜日の帯番組で10分間(当初は5分間)の生放送である。しかも当初の5分枠の期間(昭和34年3月2日から11月まで)は日曜日も放送していたというから、8ヶ月間無休でフジテレビへ通ったことになる。
これが事実か保沢さんに聞いたところ、「休みなんかなかったよ」とのこと。事実なのだ。

この当時すでにクレージーキャッツには一部のコアなファンがいた。新宿ACB(アシベ)をはじめとしたジャズ喫茶でのパフォーマンスが受けていたのである。
小林信彦「植木等と藤山寛美」新潮社1992年によるとコーヒーが1杯5、60円の時代、ここではもっと高かったと記されているが、具体的に同著者「日本の喜劇人」新潮文庫1982年では80円(だったと思う)と記されている。

昭和34年の物価というのがあったので深比較してみよう。昭和34年の諸物価
米10Kg 870円・かけそば35円・はがき5円・新聞購読料1ヶ月390円・映画館入場料150円

その当時のコミックバンドとしてのギャグ演奏は日活「竜巻小僧」1960年で見ることができるのだが、残念なことにこの映画は市販されておらず通常では見られない。しかしNHKハイビジョン「スーダラ伝説~植木等・夢を食べ続けた男」(2006年初回放送:演出牛山真一)にインサートされ、私も初めてジャズ喫茶における演奏ギャグを見た。本当に面白いので再放送の機会に是非見ていただきたい。(私は録画をもっている)

今調べてみるとYoutubeに「竜巻小僧」あり、クレージーの演奏部分もあるが、肝心なギャグの部分までは入っていなかった。
竜巻小僧 YouTube


つづく

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