森繁久彌 詩書画 「百年の樹 百年の樹を伐りて一年の木を植う 誰ぞ知る松柏の心 清流残雪に謳う」 |
世田谷区船橋に「森繁通り」と呼ばれる筋がある。御大森繁久彌さんの邸宅へと小田急千歳船橋駅から通じる道である。
森繁さんは自宅からキャデラックのリムジンで森繁通りを通って砧の東宝撮影所へ通勤された。私も通りから見させていただいた宅地は700坪もあったと御大の弟子である俳優赤城太郎さんから伺ったが、世田谷に個人宅で700坪とはただ驚くばかりである。
植木等と森繁御大の接点はといえば、やはり東宝ということになる。
駅前・社長シリーズを撮られていたわけだから、無責任シリーズの植木とは東宝でよく顔を合わせていたに違いないし、御大が植木の映画に出演されてもいる。
オヤジさんにこんなエピソードを生前聞いた。
「おれが番組コントで森繁さんをパロったハヤシゲ・クサヤを連発したら、森繁さん怒ったねえ・・。俺んちに電話かけてきてハヤシゲ・クサヤとはどういうことなんだ!ふざけるなってさ。カカカカカ・・・」
昔はライバルであるからそれは風当たりも強かったそうだ。
しかし舞台「みおつくし 浪速の花道」東宝1988年での共演(曾我廼家五郎、曾我廼家十郎)で森繁は植木に感謝したという。
写真の詩書画は舞台のお礼にと御大から植木へと贈られたものである。
「百年の樹を伐りて一年の木を植う 誰ぞ知る松柏の心 清流残雪に謳う」 久彌
植木等様
その後も舞台「狐狸狐狸ばなし」、NHK「大往生」でも共演している。
私は「大往生」の時には植木に付いてので、この共演を生で見ているのだ。(とてつもない財産)
撮影時に御大は私に言われた「ちょっと、ボク」・・・・・・・・・・・。
詩書画は植木の没後に赤城太郎さんへ贈られた。
額を渡す時に植木邸の小さな灯籠も持っていかれたが、おそらく赤城さんの赤城山山荘に額ともども置かれているはずである。
「およみでない?」
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